ゴードン恵美「レターカッティングWS」レポート

2009年10月31日〜11月2日、大阪にてゴードン恵美の「レターカッティング入門」ワークショップが開催された。今回の参加者は11名。カリグラファーだけでなく、グラフィックや活字のデザイナーも数名参加するという、J-LAFの理念にかなったワークショップとなり、カリグラフィーと活字との新たな出会いの場となった。

ゴードン恵美の指導は、技術的なことだけにはとどまらず、参加者自らに考えさせ、じっくりと答えを導き出す形で進み、的確で安心できる質の高いものだった。その人柄に加え、英国滞在で得たカリグラファーとしての経験に基づく深い言葉に、参加者全員が魅了された。

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左上から:・ワークショップ2日目にデモンストレーションをするゴードン恵美とデモで使った石。・ゴードン恵美作品2点(各10 x 10 x 2 cm)

文字を彫る前段階としての準備、つまり文字の形と配置をどれだけ完璧なものとするか、それによって彫られた石の美しさは決定する。一瞬のペンの動きによって生まれる内発的な線の美しさを追求するGestural Writing(線の動きで表現するカリグラフィー)とは対極の世界である。
事前に、彫る文字のデザインをしていく課題が出ており、デザイナーとカリグラファーの異なる視点で確認し合うことは、文字を扱う者同士の心地よい刺激となり、手書き文字の可能性を再認識できる貴重な出会いとなった。

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左から:・参加者の手書きデザイン。ローマンキャピタル以外にも、手書きならではのデザインが並んだ。〈右2枚〉・それぞれのデザイン修正過程が分かるよう前に貼り出し、互いに説明とクリティークを行った。眼差しと指摘は鋭く真剣だが、アトリエ内の雰囲気は終始柔らかだった。

石に彫られた文字の美しさの根底には、長い年月本質が変わらずに存在するという圧倒的な強さがある。そこをめざすには、石を彫るというテクニックよりも前に、まず文字と向き合うことが必要である。 文字の形を良く見ること。これがすべてと言っても過言ではない。美しい文字の形や配置を判断するには、道具で測るのではなく、目で見極めることである。そしてまた、歴史やデザインの知識、美的感覚に加え、ことばの持つ内的意味の確認もまた必要な要素だった。
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左から:〈3枚〉文字をよく見る、そして修正する。その繰り返しにも、講師、参加者共に妥協のない貴重な時間だった。〈右〉ガイドラインを引く位置も定規は使わず、白い紙テープを使って割り出す。徹底して目を使った。

そしてさらに、文字のかたちの完璧さだけでは石は彫れない。石という物質を良く知るということも大前提である。今回のワークショップでは、実際のCardozo Kindersley工房での工程と同じく、石を磨くところから体験させてもらった。今回使用したのは日本の雄勝石。表面のキズが見えなくなるまでサンドペーパーで磨く。その感触に慣れ、自分の手の中の石に感覚としての違和感がなくなるまで、水を流しながらただひたすら磨く。石と一体になり、石そのものへの畏敬の念を確認するためには欠かせない工程だ。これを通らずしては石とは向き合えない。そう確信した。また、チズル(ノミ)を自分の道具とするために、自ら研いで作るということも体験した。自分の道具、自分の石、そして完璧な文字。これらすべての準備に2日間を費やした。それなくしては、このワークショプはないに等しい。必要不可欠で大切な時間だった。
これから彫リ始める文字が今後何千年も存在し続けることの長さを考えると、この準備の2日間はほんの一瞬にも満たない短い時間である。

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左上から:・木のブロックにサンドペーパーを巻いて石の表面と側面を磨き上げること数時間。表面のキズが消え、石本来の肌理が見えてきた。・白の水性色鉛筆をサンドペーパーで削る。・チズル(ノミ)を研ぎ、先を調整する。ダイヤモンド入りの研磨紙を使用。・カーボン紙を使ってデザインを写し、更にはっきりと白鉛筆のラインを加える。

石を彫る段階となる。最初のひと彫りを加えるときの清々しい緊張感。未知の世界への第一歩に心は弾んだ。作業をする部屋には参加者全員の互いに重なり合うチズルを打つダミーの音が心地よく響き、工房のような静かな時間が流れていた。

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左上から:〈4枚〉Vカットで文字部分を彫る。彫り始める順序は文字を書く時とは異なり、細いセリフの先端やカーブから彫り始める参加者。無言でダミーを動かす。〈右端〉文字部分を残して彫るRaisedレター。イーゼルを使わずテーブルでの作業。

イギリスのCardozo Kindersley Workshopというアーツアンドクラフツ運動の本流を継承するこの貴重な工房で、レターカッティングすべての工程を一から学び、後輩を指導する立場となるほど活躍した日本人女性がいたということは、非常に意義深く価値の高いことである。彼女はこのワークショップを通して、伝統に基づく確かな技術、文字を絶対におろそかにしないという基本姿勢、工芸や芸術の観点だけでなく、ものづくりの根底にある深い精神性をも私たちに与えてくれた。

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左上から:・作業に適したアトリエで石に向かう参加者。・最終日に全員の石を集めて。〈3, 4枚目〉・Vに彫られた跡の陰影が見える。〈右端〉・Raisedレターで少し文字が浮き上がって見えてきた。
今回のゴードン恵美のワークショップは、文字に携わる人間として、文字に対する姿勢を見直す良い機会となった。そしてまた、このワークショップでの出会いは、手書き文字の可能性を模索する現状からの新しいスタートとして、ひとつの大きな転換点となった。

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左から:・講師を囲んで。・大阪でのワークショップ後に東京で開催されたスライドショーとデモの会場で、石を彫るゴードン恵美。Vカットがよく見えるようにライトが当てられ、手元を映すビデオ画像をプロジェクターで投影してデモを行った。

ゴードン・恵美 プロフィール
1995年にカリグラフィーを東京で習いはじめる。翌年、トーマス・イングマイヤー氏のワークショップを受け、海外でカリグラフィーを学ぶ事を決意する。2年の準備期間を経て、97年に渡英、98年にローハンプトンのカリグラフィー・ディグリー(学位)コースに入学する。2001年にこのコースを卒業後、2002年にケンブリッジにあるレターカッティング工房であるカードゾ・キンダスリー・ワークショップ(Cardozo Kindersley Workshop) に入門する。2006年に長女出産のため退職するまでの4年半勤務する。現在は独立してレターカッティングとカリグラフィーの仕事を続ける。2002年、CLASのBrian Walker賞受賞、同年から2004年までSSIのAdvanced Training Schemeのコースに参加。
ゴードン恵美ウェブサイト  http://www.tsukusidesign.com

リポート/三戸美奈子
画像協力/ 岡野邦彦