漢字探検隊の活動

体験型漢字講座

漢字探検隊の活動

立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所 久保裕之

立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所(白川研)では、故・白川静立命館名誉教授の研究成果をもとに東洋文字文化の教育・普及を目的とした文化事業と、学術研究の分野において東洋文字文化研究の振興と高度化を図る学術研究事業という、二つの事業を行っています。そのうち文化事業としては、東洋文字文化に関する研究、普及、教育活動等を奨励支援する「立命館白川静記念東洋文字文化賞」の選考・表彰や、白川文字学に基づく教材制作、さらに一般向けの漢字学習講座を行っています。
白川名誉教授は暗記ではなく理解をさせる系統立った漢字教育の必要性を強調し、その方法として漢字の形体学的研究を進められていました。白川研では、漢字の構造を一般の方にも理解していただこうと様々な取り組みを企画しています。
2007年度からは、「京都漢字探検隊」という親子・一般向けの連続講座を始めました。毎回一つのものをテーマとして、座学ではなく、見学や体験を通して漢字の成り立ちや体系を学習する体験型の漢字講座です。漢字に関して大人顔負けの知識量を誇る子どもがいます。しかし、すし屋の湯呑みに書いてある「さかなへん」の漢字をすらすら読めても、どの魚かわからなかったり、「酒」の字の中にどうして「酉(とり)」が入っているのか知らなかったりするのでは、単に知識を詰め込んでいるだけです。漢字は、文字としてだけで存在しているわけではなく、それを生んだ自然・社会・文化があります。アルファベットも象形文字を起源としていますが、もはやその意味は失われています。3500年の間、意味づけをほぼそのままに漢字を使用してきた人々の背景と、漢字の体系を理解してもらおうという趣旨で、この講座を始めました。
2007年度の「漢字探検隊」は、市動物園、府立植物園、伝統産業館、北野天満宮、伏見の月桂冠などで約2か月に一度行い、毎回定員を大幅にオーバーする応募をいただきました。2008年度のテーマは、基本的に昨年の繰り返しですが、毎回参加するリピーターも数多くいます。また新たに二条城というパートナーが見つかり、建物をテーマにして講座も行いました。最初は小学生とその保護者を対象にしていた「探検隊」も、月桂冠での探検隊が決まったときに、「子どもだけでは、もったいない」とのリクエストに応えて「大人の漢字探検隊」がスタートしています。
参加者には、その回のテーマ漢字の中から選んだ「漢字カード」をプレゼントしています。
参加者にプレゼントされる「漢字カード」sp_200904_02

参加者にプレゼントされる「漢字カード」

「漢字探検隊」その1−漢字ジェスチャー大会

漢字の中には、人を素材にしたものがたくさんあります。小学校で学習する漢字1006字のうち、人に関する部分が含まれているものは300字以上あります。自分たちからできているのだから、漢字の成り立ちを体感してもらおうと、ジェスチャー大会を企画しました。
漢字の歴史を一通り説明した後、
「まず、皆さんにテストをします。この漢字を読んでください」
ホワイトボードに「人」と書きます。一斉に「ひとー(京都弁なので、「ひ」にアクセント)」の声があがります。
「『人』は何の形からできたのかな」
「ひとのかたちー」
「そうだね。じゃあ、人のどんなポーズからできたんだろう。みんな立ってやってみよう」
ここまで、(ばかにするな)という感じで対応していた子どもたちが、意外な展開に驚きます。付き添いの大人も知りません。会場中で相談の声が響きます。そして、いろいろなポーズをとってくれました。
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正面を向いて頭上で手を合わせたり(左)、お母さんに寄り添ったり(右)、
ジェスチャー大会の参加者がとった様々な「人」のポーズ

正面を向いて頭上に手を合わせたり、足を広げて「気をつけ」の姿勢をしたり、徒競走のスタンディング・スタートの姿勢をとったり、子どもがお母さんに寄り添ったり、さまざまです。
ここで「今から3500年前の文字は、こんなのでした」とスクリーンに「人」の甲骨文を映します。
「横向きや!」歓声があがります。
「そう、人間は二本足で立ってるんやね」
その後皆で「人のポーズ」をしました。「これが基本のポーズやから、覚えといてね」

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参加者全員で正解の「人」のポーズ

この後、右向きの基本ポーズで「比(背比べをしているさま)」、左を向いて「従(もとは從⇒从で、「前へならえ」をしている形)」、背中合わせで「北(もとは「せ、そむく(背)」の意味)」、一人が立って、一人が倒れて「化」など、みんなでポーズをとりながら、「人」の系列の字を「体感」していきます。
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「漢字ジェスチャー大会」がどんなものであるかが理解できたところで、
「さあ、今度は自分たちで漢字を作ってみよう」とチームごとにお題の漢字と、その甲骨文から現代に至るまでの変遷を記したカードを与えて、「できないと、古代人にまけちゃうよ」と、自分たちでポーズを考え、他のチームに当てさせるゲームを行いました。子どもたちの苦心のポーズです。何の字かわかりますか。(答えは、最後に)

■子どもたちの苦心のポーズ
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「漢字探検隊」その2−動物園で漢字と出合う

最初に動物園の獣医さんから、動物の標本を見せてもらい、それぞれの器官の機能について説明を受けました。それから

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などの古代文字を見せ、これらも象形文字であることを解説。

「うわぁー、納得」という声が聞こえてきました。

sp_200904_18園内では、いくつかのおりを巡りながら動物と漢字の解説を行いました。
ゾウのおりでは、「象」の字の「ク」のところは鼻、「日」を横にした形は頭 と牙、「家」の下のようなところは脚と尻尾。ここでも「ほんまやぁ〜」との
声が漏れますが、「象」の解説はここからが本題。
「ゾウは、中国にいないのに、どうして『象』っていう字があるんだろう?」
「う〜ん?!」子どもも大人も言葉を失います。
「漢字ができた3500年位前の中国には、象がいたんだよ。その時は今よりもずっと暖かくて、木もたくさん生えてて、ゾウだけやない、サイ(犀)もいたそうです。そしてクレーンや戦車のように使っていました。でも、気候が変わって、人間が木を切って植えなかったから、だんだんゾウが棲めない環境になってしまったんです」獣医さんも「今ではタイとの国境付近にいるだけです」
子どもも大人も初めて聞く話に興味深く耳を傾けていました。

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京都市動物園の獣医さんから動物の器官についての説明を受ける(左)
広島県安佐動物公園でのひとコマ(右)

「漢字探検隊」その3−植物園で漢字と出合う

sp_200904_21これは、失敗談というか、想定外の例です。
「草が一本生えてきた様子からできた漢字は『屮』、二本で『艸』。これが「くさかんむり」になりました。じゃあ、ここで漢字の算数です。何の字でしょう」と、スクリーンに「日+月+艸」と示しました。
草が一本生えてきた様子から『屮』、二本で『艸』…

(想定解答は「朝」、草原に日が昇り、また月が沈もうとしている情景。まるで柿本人麻呂の世界です)
すると、ある子どもがすっと手を挙げ、大きな声で「モエ!」
「え? 燃える?」
「違う、『モエ』。有るやんなあ」と友だちに同意を求めます。
わかりました。私は黒板に大きく「萌」と書き、「ほんとだね。でも、これやなかったんだよね」
大爆笑でした。

漢字探検隊は全国に、そしてどこででもできます

2008年度からは、京都以外のところからお声がけをいただくようになり、5月に広島・安佐動物公園、7月に神戸・白鶴酒造資料館、10月に小倉・到津の森公園での開催が実現しました。また東京では、文京教育サポーターズ・有限会社メディアハーモニーとの共催で、7月から5回シリーズで開催されています。「漢字探検隊」は全国どこででもできる講座です。更なる展開を目指し、単独回でも複数回でも一緒に行ってくださるパートナーを探しています。
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京都府立植物園でも活動する「漢字探検隊」(左)
2008年2月には北野天満宮でも「漢字探検隊」が開催された(右)

しかし、特別な施設にわざわざ出かける必要もありません。学校や教室でも充分行うことが可能です。ざっと見渡してみても「戸・門・冊・高・扁・衣・典・刀・筆・桶・掃・傘・生・世・木・水・缶・皿・骨・楽・鼓・糸・网」などの字のもとになるものを見つけることができます。「学校漢字探検隊」を開いてみてください。子どもはびっくり、大人も納得、指導者も学習者の思わぬ発見に感動することでしょう。

■ジェスチャークイズの答え
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本稿は(株)スリーエーネットワーク発行の『季刊Ja-Net』47号に掲載されたものです。