ユキミ・アナンド インタビュー「インスピレーションと芸術的才能」

インタビュアー:アニー・シカーリ

ユキミ・アナンドは、インスピレーションを与えるカリグラファーであり、アーティストです。ロサンゼルスで開催された私のワークショップで、彼女は最前列の私の目の前に座っていました。参加している経験豊かなカリグラファーたちの誰もが、私が出す課題に素晴らしく応じていましたが、彼女の書くものを見ると、どのアイデアも私の想像を遥かに超えたものにしていることが明らかでした。私はたちまち彼女のファンになりました。

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左:アニー・シカーリによる「モノラインマジック」ワークショップでの練習課題
右:「モノラインマジック」ワークショップにて

この素晴らしい女性は一体誰なのでしょう?このインタビューは電子メールにて行われました。前半は彼女の経歴を紹介し、後半はテレビ番組『アクターズ・スタジオ・インタビュー』[訳註1]と同様の質問をし、彼女の思考について更に洞察をしていきます。

1980年代のはじめに、ユキミ・アナンドは東京の美術学校で視覚伝達デザインを専攻します。その時の講師の一人がヘルマン・ツァップ氏を敬愛するタイポグラファー、レタリングデザイナーでもある中島安貴輝氏です。彼のレタリングの授業では、日本と西洋の文字の生い立ちや形について学び、筆での手書きや、ドローイングの課題に取り組みました。彼女はそれが楽しくて仕方がありませんでした。また、中島氏の勧めで日本タイポグラフィ協会の会議にも参加し、文字を愛する多くのデザイナーとの出会いにも恵まれました。

卒業後は五十嵐威暢氏のもとでグラフィックデザイナーとして活動します。五十嵐氏の美に対する厳しい姿勢、シンプルで明快なデザインコンセプト、そしてチャレンジ精神は、彼女のその後の活動に大きく影響を与えます。グラフィックデザイナーとしては、主にコーポレートアイデンティティ、ビジュアルアイデンティティのプログラム、すなわち企業のシンボルマーク、ロゴタイプ、販促ポスター、パンフレット、パッケージ等の関連アイテムのデザインを担当し、言語によるコンセプトの視覚表現と伝達を実践しました。当時好景気だった日本では、企業の多くが新しいイメージ作りに費用を出し惜しみませんでした。顧客のニーズに応えることに大きな満足感を得ながらも、幾つかのプロジェクトが同時進行であることに圧倒されていました。有能なグラフィックデザイナーは、文化や環境に大きく貢献するものと信じていましたが、当時担当していた全てのプロジェクトにおいて、満足のいく貢献ができていたとはいえなかったことと、再びグラフィックデザインを学びたいという思いから、アメリカへ移住したのが1990年代のはじめ頃のことでした。

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コーポレートアイデンティティとビジュアルアイデンティティのデザイン(1980年代)

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左から:
モノグラム 2012年制作
本のタイトル 2014年制作
イベントのロゴ 2012年制作

1990年代には南カリフォルニアで家族を持ち、二人の息子を育てながら大学でデスクトップパブリッシング [訳註2]を学び、フリーランスデザイナーとして主にコンピューターを用いる仕事を請け負うようになりました。2000年冬に、コミュニティスクールでボタニカルドローイング(細密植物画)を学ぼうと受講登録しますが、その教室自体が無くなり、カリグラファーでもある講師エリー・コリック氏から、カリグラフィーの教室を勧められます。そこでカリグラフィーの歴史的背景を学び、インクとペン先でストロークを作り始めました。文字好きとして、自分の手を使って表現することに改めて魅了されたのです。3年後に友人にカリグラフィーを教えてもらえないかと尋ねられたのをきっかけに、カリグラフィーを真剣に学ぶことにしました。南カリフォルニアのカリグラフィー・ソサエティの会員になり、ワークショップやインターナショナル・カンファレンスに参加して、Society of Scribes and Illuminators (SSI)や著名カリグラファーの通信講座を受けながら、地元の教室にも通いました。

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カリグラフィー作品 左から:
『Pacific State Floral Alphabet』2008年制作
『To Love』2008年制作
『Spring Thunders Down』2008年制作
『Let Us Be Grateful』2009年制作

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カリグラフィー作品 左から:
『The Thing of Beauty』2006年制作
『The Dandelion』2009年制作
『I Have Fought』2013年制作
『The Freedom Award Certificate』2010年制作

伝統的なカリグラフィーの書体を学んでいるうちに、それらを自分のものにするには果てしない時間が必要だと気づきました。ある時点(2006年頃)で、彼女は自問します。「このローマ字を愛する気持ちで何かできないだろうか」と。そこで彼女は新たな目的として、テキストの意味と自分の感情表現とを融合させた抽象芸術の一種を目指すことにします。自分の好きな画像を探し集め、カリグラフィーのマークやテクスチャー作りの実験、様々なバックグラウンド作りで遊び始めました。最初は作りたいものと実際作れるもののギャップに苦戦しましたが、次第に自分が本当に好きなものがわかってきました。例えば、デザインの要素として気に入っているのは、グレーの色調、力強いものと繊細なものの組み合わせ、自然界のテクスチャー、縦に長い長方形のプロポーション、線と余白の緊張感、インク、水などです。

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テキストアート作品 左から:
『I Am Meth – Come Take My Hand』2006年制作
『I Am Meth – Let Me Lead You to Hell』2006年制作
『Contagion』2009年制作

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テキストアート作品 左から:
『Fall in Love Dear Maiden』2011年制作
『宵待草/Evening Primrose』2009年制作
『Winter Trees』2009年制作

最もインスピレーションを受けてきたカリグラファーたちは、トーマス・イングマイア、ブロディ・ノイエンシュヴァンダー、ゴットフリード・ポット。トルステン・コレ、イヴ・ルテルム、キティ・サバティエ、デニース・ラッハ、和田祐子、そしてイギリスの伝統的カリグラフィーを継承するカリグラファーであるアン・ヘックル、ユアン・クレイトン、シーラ・ウォーターズ、ゲイナー・ゴフ、スーザン・ハフトンにもインスパイアされています。

ユキミ・アナンドの作品は、明らかにローマ字の構造や形から影響を受け、西洋の書道であるカリグラフィーが基礎となっています。長年に渡って様々な種類のローマ字を習熟してきた彼女は、美しいストロークが文字となり、言葉となり、文章となることで生まれる独特なリズムとそのテクスチャーに魅了され、それを創作の源としています。そして、自然を愛する彼女は、自然や普段の生活から道具となるものを見つけ、カリグラフィーのマークを作るのに適しているかどうかを吟味しています。ここ数年は、日本や中国の抽象書道やアメリカの抽象表現主義のアートを融和させたカリグラフィー作品の制作も試みています。

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テキストアート作品 左から:
『Counter Space』2014年制作
『Indigo Waltz』2012年制作
『Indigo Waltz 2』2013年制作

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筆の抽象作品: 全て無題 2014年から2015年にかけて制作

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ミクストメディア作品:全て無題 2015年制作

自宅のスタジオでのグループレッスンの指導を続けながら、2011年からは北アメリカやカナダ、ヨーロッパを含む世界各地でワークショップの講師を務めています。生徒の指導や委託の仕事の合間に、必ず個人的なプロジェクトのための時間と、気持ちの余裕を持つようにすることを心がけています。スタジオは小さく、もう少し広ければと思いはしますが、カリグラフィー専用の空間を持てることを幸運に思っています。スタジオには日中明るい日が差し込み、窓からは木々の成長を見守ることができます。

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自宅スタジオ

[訳註1] 主に俳優や映画監督をゲストに迎えるアメリカのトーク番組。最後に恒例の10の質問にゲストが答える。
[訳註2] 原稿入力や編集をパソコンで行う出版形態。

 

アクターズ・スタジオ形式の質疑応答

1.    好きな言葉は?

誠実さ。
2.    記憶にある初めての創造的なひらめきについてお話しください。

物心がついたときから描くことが好きで、小学校低学年の頃から絵画で受賞していました。この経験がひらめきに繋がったのかもしれません。しかし私の記憶の中で本当にひらめきを感じたのは、地元の駅で公害防止を呼びかけるポスターを見た時でした。子供が描いた絵と幾つかの言葉で作られたそのポスターには強いメッセージ性がありました。高校三年生で進路について模索していた頃のことです。内気だった私は、人前で話すことが苦手でした。口頭で伝えても効果が薄いと感じていたので、視覚的に何かを伝えるのも可能だということに興味をそそられました。その思いは膨らみ、視覚伝達デザインを学ぶことへの決心に繋がりました。

3.    花農家で育ったことはあなたの創作に影響していますか?

海と丘に囲まれた小さな町で生まれたため、花と共に育ち、花々を愛し、特に山草の可憐な姿に憧れました。花の香り、季節が移り変わるときの空気感の変化、植物や花の成長や自然の色合いの変化、全てが私の一部となっています。花農家で育ったことは、間違いなく私の芸術に影響を与えています。

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実家 左から:晩秋菊畑 初夏稲田 晩秋夕暮れ

4.    何からインスピレーションを得ていますか?

自然のテクスチャー、テキストに込められた意味、線と空間、形と色、光のコントラスト、音楽、映画、現代美術など。自然の力に創作力を掻き立てられることもよくあります。歩道の敷石のひびに面白いパターンを見つけたり、木から落ちてきた小枝などを新しい道具にしてみることもあります。

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左から:コンクリートのヒビ 大木の表皮 藤のさやと種

5.    あなたの書くことへの取り組みを一言で表現するとしたら?

瞑想。

6.    講師としての経験と、カリグラフィーを教えるときにその経験をどのように生かしているかについてお話しください。

2003年に、友人からカリグラフィーを教えて欲しいと言われました。当時カリグラフィーを趣味としていた私に文字の形を指導できるとは思えませんでしたが、生徒が興味を持っているのであれば、レイアウトとデザインの基礎を教えることができるかもしれないと思ったのです。いちかばちかやってみようと、友人が経営するショップで小グループを教え始めましたが、私がいかにカリグラフィーのことを知らないかを思い知り、カリグラフィーを更に真剣に、深く学び始めました。生徒たちと共に新たな発見をしながら成長していると思っています。学ぶことに意欲を持つ人々と時間を共有するのは、素晴らしいことだと感じています。

2011年には、カリグラフィーのマークを生かして創作するテクスチャーの試みが評価されて、地元のカリグラフィー協会の勧めでより規模の大きいワークショップで教え始め、南カリフォルニアのカリグラフィー・カンファレンスで講師を勤めます。それ以来アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアなどでも講師になる機会に恵まれてきました。私にとってワークショップとは、技術を教えるというよりも自分の経験やアイデアを共有する場だと思っています。

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ドイツでのワークショップ (2015年)
写真提供Jurgen Gaisbauer と Gertrud Ziegelmeir

7.    好きな音は?

雨音。私の住む南カリフォルニアでは残念ながら殆ど降りませんが、雨音を聞くと心が安らぎます。他には、風、小川、滝、波の音。キャンプに行った時、テントの中で聞こえる家族と愛犬の寝息。

8.    嫌いな音は?

金属やガラスを引っ掻く音。

9.    行き詰まった時、何をしますか?

お菓子作り。散歩。ガーデニング。昼寝。瞑想に役立つ太極拳を習いに行く。

10.    どんな美術(ジャンル/アーティスト)から最もインスピレーションを得ますか?

近代美術(パウル・クレー、ワシリー・カンディンスキー)、現代美術(アントニ・タピエス、ジョン・ケージ)、抽象書道(篠田桃紅、クリスティーン・フリント・サト)、そしてアメリカの抽象表現主義(コンラッド・マルカレーリ、マーク・トビー、リー・クラスナー)。

11.    自分の職業以外でやってみたい職業は?

ボタニカルアーティスト(植物画家)か陶芸家。

12.    やりたくない職業は?

数字に関係した職業。

13.    あなたの作品に通じる主要テーマは?

自然や人間のエネルギー。

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シリーズ『グローバルウォーミング』(地球温暖化)左から:
『Emotional Ocean』2014年制作
『Muddy Iceberg』2013年制作
『Wave』2013年制作

14.  創作する際、言葉から入りますか?イメージから入りますか?

選んだテキストの意味から創作することが多いです。テクスチャーやウォッシュのテクニックを使ったバックグラウンド、もしくは自然のテクスチャーを見て、創作意欲が掻き立てられる時もあります。私の作品に、読むことができるテキストが入っている場合は、だいたい創作の最終段階で入れたものです。

15.  他のアーティストや作家とコラボレーションすることもありますか?それとも単独の創作を好みますか?

基本的には、一人で創作する方が好きです。他のアーティストとのコラボレーションの経験はいまだ少ないのですが、ボタニカルアーティストのイヴォン・ソンシノとのコラボレーションは大変良い経験でした。私がローマンキャピタルで書いた作品をソーシャルメディアで見つけ、彼女はそこに植物画を描いてみたいと問い合わせてきたのです。お互いの信頼関係のもと、その作品はアメリカとイギリスの間を何度も行き来し、美しく仕上がりました。他にもコラボレーションをしてみたいですし、いつか大規模なコラボレーション作品にも挑戦してみたいと思っています。

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イヴォン・ソンシノとのコラボレーション作品 左から:
『Along the Way』2015年制作 全体とディテール
『Berries』2015年制作

16.    カリグラフィー初心者へのアドバイスをお願いします。

一番のアドバイスは、良い見本から文字の形を学んで欲しいということ。どのように書けば、その形が美しく見えるかを自分で見つけてください。辛抱強く練習し、美しい文字にするためのストロークの書き方に取り組んでください。同時に、どのようなカリグラフィーのマークでも描けるように、自分の手と体を鍛えること。日常生活で見る景色の色彩や構図に注意を払うこと。自分らしさを大切にし、心に響く言葉やテキストは書きとめておくと良いと思います。

17.    日記をつけていますか?その中から作品へと発展したものはありますか?

日記はつけていませんが、よく小さなスケッチブックに自分のアイデアをスケッチします。そのスケッチが元となり、作品になったものもあります。

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スケッチブックから

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スケッチをもとに創作した作品:『Forget Me Not』 2014年制作

18.    天国が存在するとしたら、入り口で神様(あなたの思う神様)から何と言われたいですか?

神様や天国の入り口という概念がありません。神様の言葉を想像するのも難しいです。

(この記事は、2013年にアメリカのFriends of Calligraphyの会報に掲載されたアニー・シカーリによるインタビューをJ-LAFのために編集したものです)

著者アニー・シカーリ プロフィール

国際的に活躍するレタリング、ドローイング、製版、絵画の教師。『The Art & Craft of Hand Lettering』の著者。アメリカのノースカロライナ州、アシュビルに在住し、自宅のスタジオで仕事をしながら、庭の池の鯉を鷺に食べられないように見張っている。

Yukimi Annand(笹子アナンド行美)プロフィール

アメリカの南カリフォルニア在住。カリグラファー、テキストアーティスト、教師。1961年、千葉県南房総市生まれ。東京で視覚伝達デザインを学んだ後、グラフィックデザイナーで彫刻家の五十嵐威暢氏のもとグラフィックデザイナーとして活動。主にコーポレートアイデンティティ、ビジュアルアイデンティティのプログラムを担当し、コンセプトを視覚化し伝達することを実践する。1990年に渡米し、2000年にカリグラフィーに巡り会う。それ以来その世界に魅了され、レターフォームを学ぶことと並行してテキストアートを模索中。2011年からワークショップの講師を務め、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアにて、知識や体験を参加者と共有している。
彼女の作品は頻繁に『Letter Arts Review』に取り上げられ、他のカリグラフィーの専門誌や本、アート関連雑誌等にも作品や記事が掲載されている。また、ベルリン、サンフランシスコ、モスクワのカリグラフィーコレクションに作品が所蔵されている。

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サンフランシスコ公共図書館のハリソンコレクション所蔵もしくは所蔵予定作品
左から:
『A Fool’s Life – Rain』2009年制作 全体とディテール
『The Wall』2010年制作 全体とディテール(所蔵予定)