リーズベット・ボーデンス インタビュー「プロセス—紙のペイント作品」

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この記事は、季刊誌『Letter Arts Review』の29 巻2 号に掲載されたものです。 Letter Arts Review 編集者であるクリストファー・カルダーヘッドの前書きに続き、リーズベット・ボーデンスとのインタビューをご紹介します。
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左:Letter Arts Review 29巻2号の表紙
右:明るいスタジオで作業中の作家

前書き

クリストファー・カルダーヘッド記 ビジュアルアートの仕事は多くの場合、孤独な作業です。チームで仕事をするレタリングアーティストもいます(例えば、大きなグリーティングカード会社のアーティストが思い浮かびます)が、ほとんどの人は、スタジオや作業場で自身のプロジェクトに磨きをかけながら、単独で作業しています。

スタジオは、そこでの隠れた活動が部外者に必ずしも開かれているとは限らない特権的スペースです。私たちがその空間に入り、作業をするアーティストの肩越しに見る機会があれば、それは芸術的な苦労や探求の長いプロセスを共有させてもらうことを意味します。

最近私は、私の好きなレタリングアーティストの、表に出ない作業を見る機会を得ました。思いがけなく、カール・ロース(Carl Rohrs)からpdfファイルが届き、そこで彼は、カリフォルニアでの作品展のためにおこなった造形について詳述していました。彼はその仕事について述べ、その作品が完成するまでを段階ごとの写真で示していました。そこには、制作途中で刺激を受けたその他のイメージも含まれていました。

このことから、私にひとつのアイデアが生まれました。私はカールが送ってくれた全ての画像や説明に目を通すことが楽しかったので、おそらく他のレタリングアーティストも、私と共有したいプロジェクトを持っているのではと思ったのです。知人のレタリングアーティストたちに電子メールを送ってみたところ、プロジェクトが集まり始めました。間もなく、プロジェクトの数がとても多くなったので、ひとつの記事のつもりで始めたことが、レター・アーツ・レビュー誌(Letter Arts Review)の1冊丸ごとの企画になりました。

この号に登場するプロジェクトには、ほとんど全ての種類のレタリングアートが含まれています。商業的な依頼作品もあれば、個々のアーティスト自身の楽しみのために作られた作品もあります。プロジェクトは多岐にわたり、複製のためのデジタル化作業、石の彫刻、文字のペイント、金属シートから機械的に文字を切り出すということまであります。サイズも、小さな陶器から建築規模の巨大なインスタレーションにまで及びます。

私はそれぞれのアーティストに一連の質問を送り、さらに質問を追加することもありました。私は、それぞれのアーティストの個性や作業方法がその回答の中でどのように述べられているかに感心しました。芸術的な問題を解決するという現実的なことに焦点を当てている人もいれば、もっとずっと理論的な人もいました。進行中のプロジェクトを説明するのに少ない言葉を使って非常に簡潔に述べている人もいれば、考え方や、洞察、興味深い余談について何段落もの文章を送ってくる人もいました。

本誌で紹介している記事は原文を校訂しています。

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作家がそれぞれのドローイングに日付を記していることに注目してください。自身の作業に対して注意深く、細部を重視するアプローチであることの表れです。

クリストファー・カルダーヘッド(以下CC): リーズベット・ボーデンスはアルファベットの形についての明瞭な新解釈で国際的に有名です。ここで彼女は、ペイントした碑文の制作過程を見せてくれています。

インタビュー

CC: 題材となる文章はどうやって見つけるのですか?ポップカルチャーから取ったような短いフレーズがお好きなようですが。

リーズベット・ボーデンス(以下LB): 歌を聴いたり、ことわざを探したり、詩や小説を読んだりします。内容にとても引きつけられることがあると、まず頭の中で構成を考え(寝付けない夜のことが多いのですが)、それから時間のある時に紙に描いて考えます。単語やフレーズは私の心に触れていることが必要ですし、文字の形も作品を制作するための物理的な(文字の形としての)選択の可能性を与えてくれなければなりません。

制作するのが紙の上にしろ壁にしろ、まず非常に小さなスケッチを作り、それが形や雰囲気、構成、そしてサイズにおいてもしだいに成長(具体化)していきます。言葉の意味が私を文字の形や色へと導いてくれるのです。

CC: この作品の制作過程はあなたの通常の制作過程とほぼ同じでしょうか?あなたがどのようにレイアウトを作り出すのか教えてください。何がうまく行き、また、何がうまく行かないかについては、どのようにして決断していますか?

LB: 私の制作過程は紙であれば全く同じで、キャンバスに描く時のプロセスとは全然違います。
私はいつも、0.3ミリのシャープペンを使ってとても小さなサイズから始めます。いつも何かを生み出せるとは限りません。つまり、私がどう感じるかということにかかっています。

私の作品は植物のようにゆっくり成長していきます。それは私にとってはとても有機的な習慣であり、純粋な喜びです。決断はとても自然に訪れます。私は、作品の中でのバランスとリズムに注目するようにとても深く心がけてきました。あることがうまく行くのか、あるいは行かないのかを決断する理由は、実のところ説明できません。これは直感の問題です。

CC: この完成作品の制作についての簡単な技術的ディテールを教えてください。制作過程のそれぞれの段階を通して、あなたの手順はどのようになっていますか?

LB: すでに述べたように、私は、紙にとても小さなサイズから始めます。それからさらに進めてレイアウト用紙に移っていきます。小さなドローイングはその体裁によって、150%から200%に拡大する必要があります。それから、拡大された作品を改良しながらもう一度やり直し、複数のスケッチを作り構成を修正します。私は、寸法を測ったりしないで文字の輪郭を描くことから始めます。それから、コントラストやバランス、文字の形を見るためにシャープペンシルで文字を塗ります。文字の形は互いに調和していなくてはなりません。私はいつも、構成が非常に面白くなるように、新しい文字の形を作り出そうと試みています。文字は即座に読めない方がよいと思っています。それは私のゲームであり、やりがいでもあります。

私は文字の形で遊ぶのがとても好きです。ここでお見せしている作品の文字の形は、私の大好きなルーン文字の影響を受けています。ルーン文字は私に全く新しい形を作り出す可能性を与えてくれます。この作品は、文字を互いにより近づけていき、所々文字同士を触れさせたりするうちに、どんどんと、何か迷路のようなものになって行きました。私は、自然な構成に見えてほしいのです。

Oの文字は最大の難関で、(最終的に)中を広く空けておくことにしました。そのことで構成全体がより強くなりました。Oの中を赤く塗る試みをしてみましたが、それは結果的に間違っていました。でもやってみる価値はありました。その結果、白黒で終えることに決めました。デザインが最終段階に達すると、レイアウト紙の裏を柔らかい(B8)鉛筆で塗ります。これをきれいな中目の水彩紙に置き、最終的な制作用にデザインを転写するためにドローイングしたものの上からなぞります。そして、転写したドローイングを注意深く修正します。スピードボールのペン(カリグラフィー用のペン)を使って文字の形を塗り、最後の仕上げにはとても細い筆か細いペンを使います。

左から:
  最終スケッチ
  完成作品 『Let's Get Lost』36x29 cm  ガッシュ  紙   2015年3月完成
  作品部分

CC: より大きな、あるいは小さな作品の時は異なった作業になりますか?

LB: そうですねぇ、紙の上での作業では、いつも同じやり方です。壁に碑文を制作する時も同じテクニックを用いますが、これはたいてい依頼制作です。

CC: あなたの作品において、文字の見やすさ(視認性)が果たす役割についてはどうお考えですか?あなたの作品はいつも読めますが、読み手のスピードを遅らせるということがよくあります。これは意図的な選択でしょうか?

LB: まったくその通りです。これが、作品をより面白くする私の方法です。実際、視認性によるゲームでは、まず最初に観客に読んでもらうのではなく全体的なイメージを見てもらいます。これが好きなのです。しかし最後には、私の文字や言葉は常に読めなければなりません。

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Liesbet Boudens リーズベット・ボーデンス

1957年ベルギー・ブリュージュ(Brugge)生まれ。
ベルギー・ゲント(Gent)にて美術を学び、ブリュージュで中等教育課程の美術教師を務める傍ら、フリーランスのレターアーティストとしても積極的に活動しており、ベルギー国外のワークショップで多く講師を務めている。これまで講師を務めたWSの主な開催地は、フランス3都市、ドイツ4都市、アメリカではカンファレンスの講師を含め6都市。

カリグラファーである父とかつて美術教師であった母のもとに生まれ、芸術に囲まれて育つ。幼い頃から、絵を描くこと、文字を書くことに親しみ、30代で本格的にレタリングに関わるようになるずっと以前の10代の頃から専門的なペンで文字を書くこと、美しいアラベスク模様を描くことを好んだ。

レタリングの分野で最初に影響を受けた芸術家は、言うまでもなく、カリグラファーであった父親である。父の友人であったジョン・スケルトン(John Skelton:Eric Gillの甥であるイギリスのレターカーバー)からレタリングにおける「遊び心」の可能性を学び、ウェールズのデービッド・ジョーンズ(David Jones)やドイツのハンス・シュミット(Hans Schmidt)の作品に強い親近感を感じ、影響を受ける。

絵画の分野では、ベルギーで有名な戦後のアーティストのひとりであるダン・ヴァン・セバレン(Dan Van Severen)が師であり、絵を描くことにおける完全性への洞察感覚を彼から学ぶ。「絵画は、1つの作品の中で、どんなに小さな要素であっても、全体の中でそのあるべき関係性の中に配されている、よく考えて作られた飛行機のような構成であるべきだ」という単純だが大切なことを学んだ。ジャン・ミロ(Juan Miro)、レオン・スピリアールト(Leon Spilliaert)、エドワード・ホッパー(Edward Hopper)、アメデオ・モディリアーニ(Amedeo Modigliani)などの画家に影響を受けている。

フォーマルな平ペンを使ったカリグラフィーにしばらく取組んだ後、ビルトアップレターを紙に描くようになる。なんとなく、カウンターの美しい形を意識する以上のことに意欲を持っており、文字とその背景の関係性をうまく生かした表現の追求を始める。紙に色を付けたり色付きの紙を使ったりしたが、どちらも真の満足は得られなかった。伝統的なローマンキャピタル体やカリグラフィーの書き方に固執しない表現に至ったのはその時である。また、一般的な紙のサイズに閉塞感を感じていたので、ダイナミックな動きを生かして描けるキャンバス、パネル、壁が紙に替わる表現の場となっていった。

Liesbet Boudens Website

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Christopher Calderhead クリストファー・カルダーヘッド
レタリングアーティンスト、グラフィックデザイナー、教師。ホリー・コーエンと共に『Calligraphy Studio, Illuminating the Word: The Making of The Saint John's Bible』および『The World Encyclopedia of Calligraphy』の著者。2007年より『Letter Arts Review』の編集者。
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翻訳:深尾全代
清水裕子