下田恵子「手で文字を書くということ」

この記事は、2013年に、オンラインで万年筆などを販売する会社、Pilotfish Pensから、手書き文字を使って仕事をしている者として下田恵子さんが受けたインタビューの和訳の概略です。したがって、話の内容はカリグラフィーのペンや作品についてというよりも、万年筆が主体になっています。

彼女の祖母の影響で書道を3歳頃から始め、その後随分経ってから祖父の万年筆を譲り受け、1995年頃にカリグラフィーを始めた経歴をお持ちです。

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神戸にいたころは船会社でOL をしていました。仕事も楽しく、多くの良い友人にも恵まれて、良い経験にはなったと思うのですが、私でなくても誰にでも代わりができる仕事ではないだろうか、という思いがずっとありました。2001年に渡英し、2012年にフリーランスのカリグラファーになるまでのあいだ、イギリスで自由に働けるようになるビザを取るために、主に結婚式関係のステーショナリーを手がける会社で働きました。仕事を先に見つけてからの渡英ということで、ラッキーではあったものの、それでも色々なことがありました。その時期に他のカリグラファーと一緒に働くこともあり、それらを通して、今自分がどうやって仕事をしていくべきかを勉強できたのではないかと思います。

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butterfly&env SQ

上段
Mulberry 招待状:2014年春夏コレクションの発表に合わせて開催された VIP用晩餐会の招待状。
Envelopes:個人の結婚式の封筒表書きを担当。
中段
Thank you tags:サンキュータグ。イベントのお持ち帰りバッグに付けたタグ。
Place cards : 個人の結婚式でのプレースカード。背の高いカードだったため、名前の下にテーブル番号を入れて、席次表代わりに。
下段
Butterfly & square envelope:Mulberry の 2013年秋冬コレクションのショーの招待状。封筒の表書きを担当。

現在の仕事は、イベントの招待状、認定表やプレースカードなど数をこなすものから、ロゴ制作などのデザイン的なもの、それから様々な言葉、物語、詩などを書き表すものまで多岐にわたります。書道をしてきましたので、それをアルファベットと組み合わせることもなくはないのですが、書道とカリグラフィーは完全に異なるものです。道具ひとつをとってみても、筆とペンは似て非なるものですし、また文字についていえば、アルファベットが26文字しかないのに対して書道には多数あります。さらに上から下に書いていく文字と、左から右へ書いていく文字とでは、成り立ちも続け書きの様も変わってきます。全く異なるものをうまく組み合わせるのには、まだまだ私が未熟なこともあり、時間がかかると考えています。

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上段左から
Christie's window : オークション老舗のクリスティーズからの依頼で、「あそび」の三文字をカタログ表紙用に書いたもの。展示会場でのウィンドウディスプレイ。
日産プロモーション INFINITY: 2004年ごろ依頼され制作。パンフレット用に色々な筆のストロークを画像として送ると同時に、彼らの事務所に出向いて、筆の動きをビデオに撮られる。その後車のウエブサイトのオープニングとして使われた。
White Flower : 2005年制作。個人蔵。ファブリアーノ紙、墨、筆、オートマチックペン、印。山頭火の「山から白い花を机に」を日本語と英語で。
下段
Cried to Dream Again: 2003年制作。個人蔵。ファブリアーノに墨と印。オートマチックペンとミッチェル。シェイクスピアの「テンペスト」からの一節。


日本での幼少期、祖父と仲が良かったせいもあって、彼の使用していた万年筆に憧れていたのを覚えています。言うほど達筆でもなかったけれど、祖父は手紙を書く時はいつも必ず万年筆でした。渡英してからもらった手紙もすべて万年筆で書かれており、その時の万年筆をのちに譲り受けて、今でも私が使っています。書いた時に、ボールペンなどよりも明らかに上等な感じがして、大人の使うものだと子供心に思った記憶があります。万年筆には、良い食器を使う時のような特別感があり、また、あえてそれを日常使いすることへの楽しみをも併せ持つツールなのではないかと思います。

私は、手で文字を書く行為というのは、ある意味特殊な表現方法だと考えています。趣味や仕事を通じて、手でものを書くことに時間と手間をかけてきました。毎日書くことによって、文字を見る目は訓練されます。目が肥えてくればくるほど、自分の書く字のアラはより目立ち、もっと上達したいと思うようになります。また、何で書くか、何に書くかによって、書く感触が変わり、結果としての外観が変わってくることにも気付きます。ペンや万年筆など、筆記用具によって書き味は変わりますし、書く紙によってもその感覚が変わってきます。万年筆で書く時は、ボールペンなどで書く時よりも良い紙を使いたくなります。コピー用紙でも良いのかもしれませんが、そうすると万年筆に紙が釣り合わずにもったいない気がしてきます。お店でカードを買ってきて、その表面がもしぴかぴかでつるつるだったら、万年筆で書くのを選ばないように思います。これはカリグラフィーでも同じかもしれません。書きたい言葉によって、表したい質感も違ってきませんか。

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上段
千字 : 千字文の一節を行書で。寒来暑往秋収冬蔵、雲騰至雨露結為霜。
幟:映画 47Ronin セットより。色を塗った布の上に銀のメタリックペイントで南無釈迦牟尼仏。撮影時に火で焼かれた。
下段
提灯:映画 47Ronin セットより。着色済み提灯にペンキでお祝いの字を。隷、篆、行書など。表面が平らではないのでやたらと時間がかかった。
寺柱:映画 47Ronin セットより。絹に般若心経を様々な書体で書いたもので柱をくるむ。大きく書けて気持ちが良かった。


書道をしていたおかげで、手で文字を書くということに違和感なく育ってきた私ですが、近代技術の発達によって、今の子供たちは文字に対して違った接し方をしていると思います。私の学生時代には Eメールなどなく、手紙というと手書きしか手段がありませんでした。今はソーシャルメディアが普通に彼らの周りに存在しています。はたして手紙やメッセージを手書きするのと、デジタルで字を打ち込んでいくのとは同じ行為でしょうか。もしあなたの友人が近い人を亡くしてその気持ちに寄り添いたい時、テキストやメールで済ませたりしますか。逆にお祝いにしても、特別な時の特別な気持ちは本当にキーボードからで伝わるでしょうか。

ソーシャルメディアがこれだけ当たり前に身の回りにあると、ペンと紙を手に取る機会は減るでしょう。Facebook や Twitter は即時性があります。「今」の気持ち、何が起こっているか、その「瞬間」を多くの友人と同時に共有できる点はすごいと思います。手紙ではそういう場合、どうしても時間差がでてしまいます。デジタルと手書き、どちらが優れているかという問題ではなく、違う場面、違う目的での異なる手段なのだと思います。例えば、手紙は実際にある物質として保存することができます。手紙をとっておきたくなるのと同じ気持ちや目的で、メールをわざわざプリントアウトして、ファイルしておくようなことは、ほとんどないでしょう。手書きの手紙はとっておきたくなりませんか。手書きのものに限らず、手作りのものが特別なのは、それがこの世でたった1つのものだから、なのではないでしょうか。
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上段
Season and Time :2011年制作。サマセット紙にガッシュ、ミッチェル。
What Is Real? : 2012年制作。個人蔵。マージェリィ・W・ビアンコ著の童話 『ビロードのうさぎ』( The Velveteen Rabbit )からの一節。Zarkall 紙に墨、ペン。
下段
Sycamore : (部分) 2012年制作。Letters After Lindisfarne プロジェクトに参加した際の作品の一部。Saunders Waterford紙、ガッシュ、筆。
Berlin WS:ベルリンで書体デザイナーの菱倉聖子さんと一緒にワークショップをした時の模様。対象はグラフィックを勉強している大学生。

元のインタビュー記事はこちらから
http://www.theonlinepencompany.com/gb/blog/passion-handwriting/

映画製作に関わられた時のお話も、2014年中にJ-LAFウェブサイトに掲載予定です。どうぞご期待ください!

<プロフィール>
下田恵子
兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、神戸で船会社に8年勤め、2000年退社。2001年にロンドンへ行き Kirsten Burke Calligraphy Studio でアプレンティスとして1年勤める。その後同事務所がウエディングステーショナリーの姉妹会社 Mandalay Wedding Stationeryを立ち上げるのと同時に、そこでアシスタントグラフィックデザイナー、カリグラファーとして勤務。2010年ごろから他のカリグラ ファーの仕事などを手伝い始め、個人でも仕事を受け始める。2012年1月から7月まで 『47RONIN』の映画制作に、書道家として関わる。その後、書道、カリグラフィー両方の仕事を個人で受けるフリーランスになり、現在に至る。
『47RONIN』の後にも『007スカイフォール』や『鏡の国のアリス』など、何度か委託で映画制作に携わる。
主なクライアントとして、 Mulberry, Burberry, Jimmy Choo , Claridge’s , Christie’s など。
SSI(Society of Scribes and Illuminators)会員。
SLLA(South London Lettering Association)コミッティーメンバー。

ウェブサイト: http://www.j-wcalligraphy.co.uk

Kirsten Burke: http://www.kirstenburke.co.uk