クリストファー・ハーネィス「孤立した環境の中でのカリグラフィー」前半

Calligraphy in the Cold (孤立した環境の中でのカリグラフィー)
クリストファー・ハーネィス <前半>

25年間ノルウェー・オスロで活動してきたカリグラファーの主観的ストーリー

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中央 ライナー・マリア・リルケの言葉を引用
右 ブックタイトル

私が9歳のとき、ロンドン在住のアイルランド人だった父パトリック・バーンから平ペンをもらいました。僅かな時間しか共に過ごせなかった父でしたが、それはずっと後になっても私の人生に大きな影響を与える出来事でした。そのときもらったのは、イギリスのオスミロイド社の万年筆で、側面のレバーを引いてインクを吸入するタイプのものでした。そのペンを使うと、詰めて書く尖ったゴシックレターやフローリッシュが書けるのだと父は紙ナプキンの上に書いてみせてくれたのですが、その紙ナプキンは、メモや落書きを書き連ねていった他のナプキンやコースター、封筒、レシートと共に失ってしまいました。私の母は1963年に、オペアとよばれる制度(訳註:主に外国語を学ぶ目的で、家事手伝いとして海外の家庭に住ませてもらうこと)を利用して英国・チェルトナムにいた頃に、父と出会いました。父によると、祖父も曾祖父も「カリグラファー」だったそうですが、アイルランド人が話に尾ひれをつける癖があることを差し引けば、おそらく手書き文字が綺麗だったという程度だと思います。自身もアマチュアのカリグラファーだった父は、印刷された練習用の見本を私に送ってくれました。やがてエドワード・ジョンストンの著書『書字法、装飾法、文字造形』(Writing & Illuminating, & Lettering)が届いたとき、私は本の見開きページを作ろうと線を引いたり、自分なりの丸みのある書体を書いてみたりしました。しかしながらこの最初のカリグラフィーへの試みの後は、ペンを引き出しにしまい込んだままで、再び取り出したのは高等学校に上がってからのことでした(ノルウェーの高等学校にあたるものはvideregående skoleといい、ここで私は「文字の歴史」と題した論文を書き上げました)。

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レターデザイン3点

その後、オスロのカフェでウエイターをしていたときには、カフェの黒板に本日のメニューを書いたり、空いた時間に手作りの竹ペン、細筆、オスミロイドのペンでローレンス・ファーリングティ、ジャック・ケルアック、ウォルト・ホィットマンの詩や引用句を書いたりしていました。そしてヨーロッパの鉄道乗り放題で旅していたときには、イタリアのアッシジで絶え間なく雨が降る中、トレイラーハウスで足止めを食らって、仏典『法句経』から数節書いたことも思い出します。知識のないまま書かれた文字の形は一貫性やシャープさに欠けており、きちんとはしていませんでしたが、このような経験から文学とカリグラフィーへの私の関心が呼び起こされ、わずかながら平ペンへの親しみも覚えたのです。

私が最初に受けた仕事は隣人の名刺作りで、カリグラフィーで書いたテキストをアルミ製の刷版に複写し、印刷しました。文字は構想の悪いイタリック体でしたが、その複製というものに魅了されたことを、今でもはっきりと覚えています。手書きの文字が印刷されたことを、まるで不思議な魔法であるかのように感じたのです。この、書かれたものと印刷されたものとの関係性の魅力はずっと私の中に残り、やがてカリグラフィーとタイポグラフィーとの、(多くの場合は見えない)相互的な関係を探ることになります。

同じ頃に、小さな町のお祭りLIER 150 ÅRのための仕事の依頼も受けました。そこで私は不意に、決して忘れられないこととなる広告業界の不誠実さと傲慢さを目の当たりにします。雑誌の見出し文字のデザインを依頼されたのですが、驚いたことにそれは、そのイベントに関するその他全てのロゴとして使い回され、先方が自分たちで手を加えたものまで使用していたのです。彼らは、出来の悪いÅR(年)の文字を150の0の中に入れていました。著作権の侵害を経験したのは、これが一度きりではありません。文字に携わる者にとっては信じ難いことに、多くの人にとって文字は尊重すべきものではないのです。

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右 『Rilke's Epitaph』(リルケの碑銘)2010年制作

あるとき父がローハンプトン・インスティテュート(ディグビー・ステュアート・カレッジ)の案内書を送ってきたことがありました。それはまたもや私の人生に大きな影響を与える出来事となります。リンゼイ・カステルが手書きした案内書のカリグラフィーの美しさについては勿論ですが、そのようにアマチュアレベル以上にカリグラフィーに真剣に取り組みたい人々が学ぶ場所があるということにも、同じように驚いたのです。

アン・キャンプは1970年代に教師向けのプログラムとして、カリグラフィーと製本の指導を始めました。ヘザー・チャイルドの『Calligraphy Today』第2版の中の教育についてのエッセイで、アン・キャンプが自分の哲学を概説しています。そのプログラムはやがて興味ある人全てを対象として実施されるようになり、各国から生徒が集まりました。殆どが社会人向け夜間授業に通った経験のある生徒だった中、ノルウェーにはそのような授業がなかったので、私は他の生徒より努力が必要だろうと言われました。単調で大変だった1年目を乗り切ることが出来たのは、鋭い観察力を持ったアン・キャンプの指導のおかげでした。私はそれまで使用していた古く錆びたペン先や道具の大部分を処分し、しっかりした見本と厳しい練習で、高揚感とともに新たなスタートを切ることになりました。最も苦労したのはファウンデーショナル体で、4ミリのエックスハイトに、ずっとある本のページを何枚も何枚も書いていきます。テキストに選んだのはウォルト・ホィットマンの詩でした。I sit and look out upon....何ページにもわたって、不揃いな文字が並びました。学校にはquiet roomという隔離室のような部屋があり、私はそこで清書に辿り着くまで練習し続けたのです。全く進歩がないまま何行も書き続けた後、突然何かしっくり来る瞬間がやってきました。しばらくしてアン・キャンプが私のそばにくると、その、苦労の跡のないしっくりきた場所をすぐに指差して「ここね!ここで何か起こりましたね。自分でも気付きましたか?」と言ったのです。

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ブックタイトル3点

ローハンプトンで私を指導してくれた教員には、他にゲイナー・ゴフ、トム・パーキンス、ジェラルド・フロイス、ジェン・リンゼイがいました。そして客員教員には、ドナルド・ジャクソン、ジョン・ウッドコック、アン・ヘックル、アラン・ブラックマンがいました。トムは文字のドローイングやストーンカッティング(石彫り)を指導していて、私にタイポグラフィーへの道を開いてくれました。後に私に大きな影響を及ぼすヘルマン・ツァップの作品を紹介してくれたのも彼です。「とにかくやりなさい!」がモットーのゲイナーは、私に「考えるのを止めて、取り掛かること」を教えてくれました。そしてジェン・リンゼイは、私には遺伝的に向いていないと認めざるを得ない製本を、指導しようと努力してくれました。

1989年、ローハンプトンでの最後の年に、アン・キャンプからSociety of Scribes and Illuminators(SSI)のフェローに申請しないかと提案されました。そして満場一致で最年少且つ、現在に於いても尚、唯一のスカンジナビア人のフェローとして選出されたのです。私の文字の分野での旅は、そのとき始まったようなものです。ペンを回転させながらのペンアングルの調整、筆圧の変化、ストロークのビルトアップやリタッチなど、高度な技術を使う先輩たちの作品を見始めたばかりの頃のことでした。これらの技術は(ビルトアップのヴァーサル体やカヌート・チャーター体を例外として)、ローハンプトンでは少なくとも常時教えられているものではなく、ジュリアン・ウォーターズや、ジョン・スティーブンス、ヘルマン・ツァップからは、多くのインスピレーションをもらいました。

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レターデザイン3点

記事の英語版はこちらからご覧ください

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<プロフィール>

Christopher Haanes クリストファー・ハーネィス

1966年生まれ。ノルウェーのオスロに在住するカリグラファー、ブックデザイナー、タイポグラファー、教師、作家。Society of Scribes and Illuminators(SSI)では唯一のスカンジナビア人のフェロー。カリグラフィーやタイポグラフィーを指導し始めて20年以上経ち、その間イギリス、オランダ、ドイツ、フランス、イタリア、スウェーデン、オーストラリア、香港、アメリカにてワークショップの講師を務める。1989年からオスロの Westerdals School of Communication(かつてのSkolen for Grafisk Design)にて教鞭をとる。雑誌 『D2』、『Prosa』、『Numer』、『Snitt』に記事やエッセイが掲載され、カリグラフィーとタイポグラフィーの5冊の著書、『Håndbok i kalligrafi』(Aschehoug 1994)、『Kalligrafi』(NRK Fale 1998)、『Bokstavelig』(Aschehoug 2004)、『ABC for voksne og Abstracts (H//O//F 2012)では、デザインも手掛けている。現在は、カリグラフィーの手引書を英語で執筆中。『Letter Arts Review』のThe Annual Juried Issue他、ノルウェーや海外の出版物に作品掲載多数。

ウェブサイトhttp://christopherhaanes.com/