ゴードン恵美「レターカッティング WS 2013 」レポート

◆◆東京会場レポート◆◆

東京会場:豊島区勤労福祉会館/東洋美術学校 2013年10月4日(金)〜10月7日(月)

報告者:松本千恵(マツモト チエ)  東京会場

かねてから是非参加したいと思っていたレターカッティング・ワークショップ。念願かなって、やっと参加することができました。
カリグラフィーを続けてきて、文字に対する興味は益々深まっていますが、平筆で書くローマンキャピタルを習い始めた時から、少なからずそれと関連のあるレターカッティングはいつか必ずやってみたいことでした。
永遠の憧れ、トラヤヌス帝の碑文の世界に少しでも触れてみたいと思ったのです。

期待に胸を膨らませ、東京会場での10月4日〜7日の4日間中、後半の2日間に参加しました。
既に2日前からワークショップは始まっていたので、自己紹介も早々に参加者の方々が各々の進捗状況に従って作業を始める中、皆さんにしばし手を休めて頂いて、宿題のデザインドローイングを参加者全員で合評することから、初参加の私のワークショップは始まりました。

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私は平筆で書いたローマンキャピタル文字からデザインを起こしたものを持っていったのですが、日頃自分の書いた文字を他の方から細かく批評頂くことは中々ない機会でしたのでとても勉強になりました。また参加者がカリグラファーだけでなくデザイナーの方もいたので、多角的な視点から的確な指摘を受けられたのは大変有意義でした。他の参加者の方々のデザインに関しても何度となく同じように合評しますので、それもとても勉強になりました。また、合評中、恵美さんはまずじっと耳を傾け、皆から意見を引き出すことで参加者一人一人の文字に対する意識を高め、文字に真正面から向き合う姿勢を呼び起こして下さっていました。
指摘を受けた点を念頭に丁寧にデザインレイアウトを修正していきます。
そして修正の度にまた皆に見てもらう。何度もこの作業を繰り返し、納得のいくまでデザインレイアウトに取り組みました。石を彫る時、デザインレイアウトを完璧にしておかないと完成度の高い美しい文字は彫れないのだとこの作業を通して痛感しました。
そんなわけで、早く石を彫ってみたいという気持が頭をもたげたりもするのですが、ひたすらデザインを吟味し丹念に書き直していきました。
特に今回の私のデザインはセリフの美しさ、文字自体のプロポーション、スペーシングなど厳密に追求していかないと綻びが一目でわかってしまいます。現に文字のステムの幅を尖った鉛筆の線一本分太くするか細くするかというレベルまで検討することになりました。
結局2日間のワークショップはひたすらレイアウトを修正して行く事に終始しましたが、とても充実した時間でした。
やはり、ある程度まとまった行程まで体得する為には4日間は必要なのだと参加して始めてわかりました。
合間にチズルの刃研ぎ、石の表面を流水にあてながらサンドペーパーで磨くなどの石を彫るための準備をしていきます。この時も恵美さんは参加者一人一人にデモしながらわかり易く指導して下さいました。これらの作業も丁寧に進めます。
今回は実際に石を彫るところまで辿り着きませんでしたが、それほどじっくり取り組むべきことなのだと実感しました。とにかくゆっくりじっくり丁寧に・・・が、大切なのです。
ワークショップ後、定期的に行われている勉強会(石彫会)にも参加し、既に何度も参加されている先輩方に手ほどきを受けながら少しずつ石に親しんでいます。
ライフワークとして取り組んでいきたいレターカッティングと出会えてとても嬉しく思っています。
次回のワークショップも是非参加して、いよいよ文字を彫る事を恵美さんから学びたいと今から楽しみにしています。

報告者:藤堂真以(トウドウ マイ)  東京会場

欧文書体の扱い方や、文字のつくりをはじめとする文字への理解を深める為に通っている、三戸美奈子さんのカリグラフィ教室にて、レターカーヴィングを体験することで、文字をより深く学ぶことが出来ると勧めていただき本ワークショップに参加しました。

ワークショップで使用する石のサイズは、150mm x 150mmの正方形で、「ALL IS WELL」という言葉を彫ることにしました。「ALL IS WELL」とは、WORKSHOPに参加する前に見た『THREE IDIOTS』というインド映画の劇中に何度も出てくる言葉で、インド訛りの音の響きと程よくポジティブな意味が気に入っていたのでこの言葉を選びました。

[1日目]
仕事の都合により2日目からの参加となりました。
クリティークでは、手書きからおこしたデザインや既存の書体を用いたデザインなど様々でしたが、どの参加者の方のデザインも驚くほど素敵なデザインばかりで、持参したものが少し恥ずかしく感じました。
私のクリティークでは、"難しい"や"言葉の持つ雰囲気との整合性がない"などの意見をいただき、自分でも感じていたことでしたので、思い切ってデザイン仕直すこと事に決めました。

1st Layout Pic ※持参デザイン
当初は書体やデザインよりも、とにかく彫ることしか考えておらず、Trajanで150mm x 150mmの中におさめました。


Thumbnail※ラフ1
いくつか書いていったラフの中の一つに、
文字のバランスをとる為にいれた"丸"が目のように見え、
笑っているように感じるラフができたので、
そのラフをベースに詰めていくことにしました。


Arrange_Rough1 ※ラフ2
太めで少しゆるいv特徴をもつ書体が言葉の持つ印象を上手く表現できるのではないかと考え、以前から使ってみたいと考えていた12世紀の書体にすることに決めました。
書体の載っている本が手元になかった為、記憶を頼りに大まかにラフを作りました。


[2日目]
2日目は、前日のラフをもとにレイアウトといきたかったのですが、使用する書体が古い為、WやUなど、その時代にはなかった文字があった為、
足りない文字を作る為に必要な分析の方法を恵美さんに教えていただき、足りない文字を作ることから始めました。
以下がその参考書籍とプロセスとなります。

Reference_Book※参考書籍:Krasne pismo
セリフの分析、その文字をどう書いていったのかやどう彫っていったのかを書籍にある文字から観察・考察し、まずは形を追っていきました。


Letter Creation※文字の分析
平筆で書いているという仮定で文字の始点・筆の角度・交わる形・交じり方等を観察していくとおぼろげながら文字の特徴が見えてきました。
※M
Mの左右のカウンターが違う所は、書き方によって出来る形であること。

※RやHのセリフの規則性

※セリフ
バランスをとる為にセリフが数種類あることや微妙な傾斜を持っていること。


1st Sketch以上のような分析をもとに足りなかったWを作成し2日目を終えました。
観察し作成している途中で、他の参加者の方に沢山アドバイスをしていただきました、その中で、この書体が碑文であること、持っていた本の巻末の資料の中に使用した書体を使った写真があることもわかり一文字一文字参考にすることが出来ました。また、豊富な知識と経験をもつ、他の参加者の方に文字についての話や細かなアドバイスをもらうことができ、制作の大きな助けとなりました。
分析の結果を反映し、150mmの正方形に合わせたデザインが左図となりました。


[3日目]
最終日は、使用している書体に2種類あるAを変更したり、バランスをとる為の装飾として入れていた丸を取り除くことや、
文字の位置等細かな部分の調整や修正をしデザインを完成させワークショップを終えました。

※調整プロセス

1st Sketch-1Arrange 2Arrange 3Finished


ワークショップの期間のほぼ全てをデザイン・ブラッシュアップに使ってしまい、期間中に彫り始めることは出来なかったのですが文字を分析し足りない文字を作り、豊富な知識経験を持つ人達に意見をもらい修正していくプロセスを経ることが出来たことは、良い経験となりました。
特に時代背景や、国や宗教・文化的な中での文字の話等を聞き、アドバイスをいただいたことは、
より文字への興味を大きくするもので、今後文字を学び制作する上で大きな助けとなる糧となったように思います。
期間中に石を彫ることは出来ませんでしたが、当初の目的である文字をより深く学ぶことは達成できたと考えています。
本ワークショップに参加することができ、本当に良かったです。
この場をかりて恵美さん、J-LAF、アドバイスやクリティークをいただいた参加者の方々にお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

Progress on Stone完成したデザインは恵美さん、三戸さんの薦めでVカットではなく、レイズド(浮き彫り)で制作をすることにしました。
現在自宅や石彫り会にて少しづつ完成に向けて手を入れています。
※1月現在の画像。


また分析した書体の残りもつくろうと目下製作中です。
Letter Sample

◆◆大阪会場レポート◆◆

大阪会場 :弁天町市民学習センター  2013 年10 月12 日(土)~ 10 月14 日(月・祝)

報告者:長野智美(ナガノ サトミ)  大阪会場

Exif_JPEG_PICTURE「レターカッティングのワークショップを受けようと思った理由は何ですか?」

ワークショップが始まったとき、初参加の3人に発せられたゴードン恵美さんからの質問。
「今、様々なワークショップを受けていて、その一環です」
「石が大好きなんです」
「今年の夏、キンダズリーの工房でLidaがチズルをダンダンダンッと振るって石に文字を刻んでいるところを見学し、あのように彫ってみたいと思ったからです」
三者三様の理由があった。最後の回答は私のものだが、恵美さんに即座に「あ〜、無理無理」と言われてしまう。
無理なことは重々承知。レターカッティングによって顕れる制作物よりも、その制作過程に一番の興味がある状態で私のレターカッティングのワークショップはスタートした。

参加者は、経験者4名、初参加3名。たまたま全員が女性でカリグラファー。北は福島、南は鹿児島から集い、均質さと異質さとが相乗効果を生み出す面白い構成だった。

1日目。自分が選んだ石と対面する。堅いマテリアル・・・。初対面のせいか、お互いによそよそしい感じ。

冒頭の質問の後、クリティークでいよいよワークショップが始まった。
初回の参加者は、彫りたい単語を石の大きさに合わせて書いてくることが宿題となっていた。要は彫りたい単語と石のサイズを選び、それに合わせてローマンキャピタルで書いてくること、なのだが、いつものように「こんな感じで」と書いただけでは不充分だったことをクリティークで思い知らされることになる。
経験者も、新しい作品についての草稿で迷っているためアイデアが欲しいとのことで6種類も草稿を出す人あり、草稿だけでなく、トラヤヌス帝碑文のローマンキャピタルを分析した研究発表する人ありで驚いた。初心者だけが受けるクリティークだとばかり思っていたからだ。

クリティークの後、初心者は問題点を指摘されたり、新しい方向性を示されたりして、草稿の書き直し。

その後、参加者全員で石の表面を保護するカバーを、アセテートフィルムを使って作成。石を傷つける心配が大幅に減って一安心。まだ、石を持つ手がぎこちない。

昼食は、ひとつの作業台を全員で囲んでのまったりタイム。3日間とも地方ネタが繰り広げられた。
初日の昼食後は、参加者のひとりの3年間に及ぶある勉強の発表があった。全員でその成果物に大興奮。
私ももっと頑張ろうと触発された。そう思ったのは私だけではないはず。

午後になると初心者は草稿の書き直し、経験者は石彫りの続きの作業という静かな時間が流れる。
経験者は初回からの参加者が多く、今までに数々の石を彫り上げた方もいて、作業の段階はまちまち。爆音かと思っていた石彫りの音は、チズルを優しく叩くハンマーの繊細な音だった。レダが彫っていた石は畳くらい大きかったので、音が違うのは当たり前だなと今さらながら気づく。

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白い鉛筆芯の削り出しも大事な作業のひとつ。初参加者にレッスンがあった。
削った芯を恵美さんにチェックしていただいたところダメ出しをされてしまった。ワークショップの目的のひとつに挙げられている「職人としての心構えを体感」すべく削り直しに精を出し、2回目のチェックで合格。職人気分をちょっと味わう。

参加者のひとりから、Vカットの文字に金箔貼りをしたいので貼り方を教えて欲しいとの申し出がなされており、恵美さんに接着剤の使い方、塗り方、乾かし方などを見せていただく。
金箔を貼るのは、12時間後以降、接着剤がある程度乾いてから。つまり翌日の作業となる予定。

そして、再度クリティーク。
初心者3名は宿題を抱えて帰宅した。

2日目。
クリティークで始まる。これは常に全員参加。細かい調整が入り始め、コピー機と作業室との往復で忙しい。

石を彫っている経験者はときおり恵美さんにヘルプを求めている様子、こちらは草稿の書き直しで頭がいっぱい。

金箔貼り用接着剤の乾き具合をチェック。上手い具合に乾いていたら金箔貼りへと移れるのだが、乾き方が今ひとつ。まだ接着剤がぬるりとしていた。
微妙な乾き具合が要求されるため、翌日まで乾かすことのリスクはあったが、このときは貼れる状態ではなかったため、翌最終日に賭けることに。

再度宿題を抱えて帰る初参加者。
なんとなく、最終日に石を彫れるところまで行かない予感が大きくふくらみ始める。

最終日の3日目。
金箔貼り用接着剤が上手く乾いており、金箔の貼り方を恵美さんの実践で見せていただく。箔の使い方が、日本の工芸品の使い方と違って贅沢、豪快なのが興味深かった。作品を屋外に置くことを考慮すると、必要な贅沢さではある。
流水を使いながらの仕上げも、石ならでは。石って面白い素材だと感得できた工程だった。
石がまるで柔らかい素材のように見えてしまう恵美さんとは違い、私は石とはまだおっかなびっくりの他人行儀な関係だが、そのうち仲良くなれそうな気がしてきた。

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経験者はキーホールを彫り、金具の取り付けまでを行う。
そこでキーホールを彫っていた人の石に欠けが発生。もともと割れ(石の組成に変化があり、割れやすい部分)のある石だったそうで、欠けの程度も大きく、一同しーんとしてしまう。恵美さんは動じることなく「大丈夫、大丈夫」と手際よく欠けを取り除き、再びキーホールが彫れるように修復して下さった。
そういうこともあるのよと仰る姿に経験の重みを見て安心する参加者。

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この日もクリティークが数度行われ、石に彫り始めることを観念すると同時に、クリティークの面白さに軽い中毒症状を起こして書き直しに熱中。
ワークショップが始まる前は、ここはダメだからこうしなさいと言われるのがクリティークだと思っていた。しかし、このワークショップでは、発表者の意見と恵美さんや他の参加者のさまざまな意見が出される。ダメ出しにしょんぼりすることもあれば、他の人の目の付け所に唸ったり、意外な点を褒めていただいたりすることもある。
今回は素材が石であるため、そのマテリアル感を考慮する必要があり、その重要な観点が抜けていたのを補ってもいただいた。

ひとりひとりのクリティークの締めくくりは恵美さんの「あなたはどうしたいの?」という質問。
クリティークとは、石に彫る文字に対する自分の姿勢を問い、常に「どうしたいのか」を突き詰めていく時間だった。もちろん、実際に指摘されるのは文字の形や大きさ、ラインの太さ、セリフの形、スペーシングなどだが、それのひとつひとつをどうするかについて、自分で明確な根拠やイメージを持っていなければ決めることが出来ない。

迷うのも自由。迷っていても、いずれ決めることが出来れば良い。恵美さんはそれまで待っていて下さる。

私自身は問われ続けることで、今までの作品の取り組み方への自省を促されることになり、気づかなかったこと、薄々気づいていながらやり過ごしていたことへ本格的に取り組む決心をすることが出来たのが、一番の成果だったと言える。

もうひとつクリティークという手法で興味深かったことは、自分が批評されるだけでなく、批評する側にも回るという点だ。自分自身の物の見方や感じ方、知識などを総動員しなければならない。それがお粗末だと、何も言えなくなってしまう。まだまだ学ぶことの多さと道のりの遠さに、ため息とわくわく感が同時にわき起こった。

草稿の書き直しで3日間が終わると思っていた午後、新しいチズルの卸し方、研ぎ方、石の磨き方を教わる。研いだり磨いたりは大好きな作業だが、時間の関係でチズル研ぎの70%工程くらいで終わってしまい、石磨きまでたどり着けず、宿題となった。

最後の最後、時計とのにらめっこしながら、試し彫りを体験させていただく。
チズルの持ち方も新鮮、ハンマーは思った以上に優しく振るうのがコツらしい。やっぱり彫るのは楽しい。早くダンダンダンッと・・・。

石に文字を刻むというのはどういうことか、作品を創るというのはどういうことかを考え続けた3日間も、終わりに近づいてきた。初日に懇親会があったこともあり、親しくなった参加者達と次回のワークショップで再会することを願いながら。
後日談:金箔貼りのとき、九州では墓石の文字に金箔を貼ることを教えてくれたYさん、墓石屋さんに突撃取材をされ、その模様をレポートしてくださいました。行動力と取材力に感謝。